四国の伊方原発「再稼働容認」の高裁判決について考える

新聞報道によると今月25日、広島高裁は「四国電力の伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転を差し止めた同高裁の仮処分決定を不服とした四国電力の異議申し立てを認め、再稼働を容認する決定を出した」そうだ。
東京電力福島第一原発以後、高裁段階で初めて原発の運転を差し止めを命じた昨年12月の決定が取り消されたことになるが、これに対して住民側は「最高裁で判断が維持された場合の影響を考慮して、不服申し立てを行わない方針を示した」とのこと。
この決定を受けて四国電力は「3号機を、10月27日に再稼働させる方針を明らかにした」という。私のように原発反対の立場の人間には、何ともやりきれない思いがするのだが、「地震」という、いつ起こるかわからないものを相手にした裁判は非常に難しいものだと実感した次第である。
決定で三木昌之裁判長は、伊方原発から130km離れた熊本県・阿蘇カルデラ火山リスクについて、「大規模な破局的噴火が起きる可能性が根拠をもって示されておらず、原発に火砕流が到達する可能性は小さい」と指摘している。
新聞に載っている「決定骨子」なるものを、かいつまんで以下に紹介する。

①破局的噴火が起きるリスクを想定しなくとも原発が安全性に欠けないとするのが社会通念
②破局的噴火を除けば火砕流堆積物の分布は阿蘇カルデラ内に限られ、到達の可能性は小さい
③火山影響評価ガイドは噴火時期や程度を正確に予測できることを前提にしており不合理



ということで、「四国電が想定する火山灰の堆積量は合理的で、非常用電源確保の対策も取っているので、噴火による対応不可能な具体的危険性は存在しない」(新聞報道)と結論付けている。
私がこの裁判の過程で、興味を持ったのは、住民側が「四国電力の調査は不十分で、9万年前の噴火で火砕流が原発に到達していたとみるのが常識的」と訴えている点だ。
9万年前に噴火があったのがわかるのだろうか。わかるのだとして、火砕流が現在の原発がある場所まで到達していたかどうか,「到達していたとみるのが常識的」とまで言えるのかどうか。
断っておくが、私は原発反対の人間である。上記の裁判のような「可能性」の話をいくら繰り返しても「わからない」というのが実際のところだと思っている。実際、火砕流が到達する可能性もあるし、ない可能性もある。
今月、北海道の胆振東部で起きた地震で厚真火力発電所が停止した時も感じたことだが、地震はいつ、どこで起きるかわからない。このブログで紹介した経済評論家の高橋洋一の確率論では「数万年に一度動くという活断層が、原発の寿命40年の間に動く確率はほとんどゼロ」と言っているのも、道理だとは思う。
だから原発を稼働してもよい、ということにはならないはずだ。原発はほかの発電所とは違うのである。地震などで大打撃を受けたら、放射能を世界中にばらまく可能性を持っているのだ。
放射能の怖さは、直接被災すれば人を死に至らしめるばかりでなく、将来、がんになったり、奇形児を生んだり、多くの悪影響を後世の人間にもたらすものだということなのだ。こういう言い方は良くないと思うが、火力発電所が被災しても、発電所の人が死ぬだけだが、原発が被災したら周辺、遠方、未来の子供にも影響を及ぼすというものなのだ。
だから経済性や経営の観点から、稼働させてはいけない代物なのである。そもそも作ってはいけないものなのである。そういう原発をまだあきらめきれない人たちがいるというのは、人間として実に情けないことである。