今も続く中国によるチベット弾圧の実態

チベットは、文化も歴史も中国とは異なる国である。中華人民共和国が成立した1949年には独立国であったが、この国が中国の外周部にあり、国境を接していたことが悲劇の始まりだった。中国は国家成立と同時に「チベット解放」を宣言し、1950年10月突然、人民解放軍がチベットに侵攻し、11日間でチベットは占領されてしまう。
『ここがおかしい中国・韓国歴史教科書』(日本政策センター2005年刊)はこの歴史的経緯を次のように報告している。

中国の占領に対してチベットでは抵抗運動が起こり、それに対する弾圧が始まりますが、1957年からは中国は14個師団を投入して徹底した弾圧を加えました。老人と子供しか残っていない村落への爆撃、何千もの公開処刑という大虐殺が各地で行われたのです。チベット亡命政府は、1950年から1984年までの間、中国の支配による死亡者は約120万人にのぼると発表しています。

何という蛮行。自国の領土拡大のために、何でもする軍国主義国家中国の本性がここにある。中国の歴史教科書では、「チベットを平和的に解放し、チベット政府と市民の熱烈な歓迎を受けた」と嘘が書かれているという。
ニューヨークタイムスのハワード・フレンチ記者は「教科書のいくつかを調べたところ、多くの中国の教育専門家たちが言っていることは、かなり選別的であり、近代史の見解はひどく歪められて使われている」(同書より、2004年ニューヨークタイムスの記事)と述べている。
さて、2009年のことになるが、私はチベットに関して興味があったので、フォトジャーナリスト・八木澤高明の潜入ルポ『厳戒態勢のチベット自治州・抵抗運動の陰で流れる民衆の涙』(中央公論5月号)を興味深く読んだ。
八木澤はチベット人のガイド・テンジンを頼りに、中国人を装ってチベットのガンゼ(チベット語で白く美しいという意味、四川省チベット族自治州)まで行く。ライトバンを借りて、デコボコ道を走り集落のはずれにある独特の四角い形をした民家に到着。
ここがテンジンの家だそうだが、「燃料が限られているため、ストーブを使うのは炊事のときだけで、その他の時間は家の中で厚着をしないと寒さで震えてくる。冬場は電気の供給が深夜だけに限られていて、夜中12時から朝の5時以外は電気が使えない」という厳しい生活だ。
チベットの各家庭には、チベット独立運動を阻止するため密告をすすめる書類が地元公安から配られているのを、テンジンが八木澤に見せる。(共産主義国家は密告社会であり、周囲の人間は親兄弟でも信用できなくなる恐怖社会だ)。
ここで八木澤はチベット独立運動に関係する青年会議の50代の男性から次のような話を聞くことができた。ちなみに、彼の娘は昨年カンゼ市内で「フリーチベット」を叫び公安に逮捕され現在服役しているそうだ。

彼女は武器も何も持たず、フリーチベットと町の中で叫んだだけです。なぜそれだけで逮捕されなければならないのか。自由なんてありません。娘は体の何箇所かにボルトを埋め込まれて、電気ショックの拷問を受けています。彼女と同じ房に入っていた女性が教えてくれたのです。武器を持たず街頭で我々の権利を訴えただけで逮捕される。中国政府のやり方は間違っています。

チベット仏教の指導者ダライ・ラマ14世を始め、チベット難民は17万人いるといわれる。チベット人が希望する「高度な自治」はいつになったら実現するのだろうか。覇権主義国家中国は平和勢力とは言えない。ウソの歴史を拡散する危ない侵略国家なのである。


 

 

今も続く中国によるチベット弾圧の実態」への1件のフィードバック

  1. どんな事があっても、このチベットの悲劇を日本で起こさせてはいけない。中国の日本侵略は、中国人らしい狡猾にさと恥ずかし気もない露骨さで、着実に進められている。
    日本と日本人を守るべき政治家が、利権と現金に唯々諾々と篭絡され売国活動に加担している。
    一般国民がもっと、もっと賢くなり、中国共産党の実態をしっかり把握し、一つ一つその企みを暴き、強い警戒心を持って周りにいるおかしな中国人を監視して行こう!

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